おとな無力

とおや

2018年09月17日 12:01

白い壁に囲まれたその部屋は、私の心拍数を上げた。

白衣を着た女性が近づいてくる。

「今日は、どうされました?」

「虫歯がないかチェックしてほしくて」

「歯に痛みがありますか」

「無いです」

「分かりました、それでは虫歯がないかチェックしますね」

口をゆすいで椅子に座ると、背もたれが後ろに倒れていく。

「では、口を大きく開けて下さい」

口を大きく開けると

ウイィィィィィィィィィィィィィィィィン!!

ガリガリガリガリ!

ウィィィン!ガリガリ!!

隣の椅子から、ドリルの回転音と歯を激しく削る音が聞こえてきた。

自分の顔が引きつっていくのがわかる。

歯科医の女性は金属の棒を私の口に入れて、私の歯の診察を始めた。

棒が歯に当たる度に、カチカチと音がする。

まだ、虫歯があると決まったわけじゃない。

大丈夫だ、俺は大丈夫だ。

自分に何度も言い聞かせて、平静を保つことに集中した。

しばらくすると、棒が口から取り出された。

「では、とおやさん。口をゆすいでください」

椅子の背もたれが上がり、目の前のコップに水が注がれた。

コップを受け取り、口の中をゆすぐ。

いよいよ、神の審判が下される。

「とおやさん、虫歯は出来ていないので大丈夫ですよ」

その言葉を聞いた瞬間、私は神の存在を認識した。


先日、私は友達の信仰する宗教のパーティーに誘われていた。

しかし、興味のなかった私はあっさりとその誘いを断ってしまった。

あぁ、こんな罪深い私にも、神は優しく接して下さる。

今度誘われたら、感謝の祈りを捧げにいこう。


安心すると、心に余裕が出てくる。

窓の外に見える空は、とても青く澄んでいる。

今日は、公園を歩きながら帰ろう。

穏やかな気持ちで、外の風景を眺めていると

「いやだーーーーーーー!!!」

目の前を、5歳くらいの男の子が走り抜けた。

「まちなさい」

続けて母親と思われる女性が、男の子の後を追いかけていく。

あっけなく捕まり、連れていかれる男の子。

「いぃやぁだあぁぁーー!!!」

涙と鼻水を垂らしながら、泣き叫んでいる。

「おとなしくしなさい」

隣の椅子からは、変わらずドリルの回転音も響いている。

「うわぁぁあああああ!!」

男の子は泣き続けている。

心が痛い。

すまない。

君を助けてやれない、無力な大人を許してくれ。

ごめんよ。

ごめんよ。

ごめんよ。


あぁ、誰か彼を救ってくれないだろうか。

神様は、やはりいないのだろうか。