< 2025年01月 >
S M T W T F S
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 18人
てぃーだブログ › うちまち

【PR】

  

Posted by TI-DA at

2018年10月07日

マンションへの侵入

マンションの1階は、住民の駐車場になっている。

駐車場の奥には、オートロックで守られたガラス張りのマンションの入り口がある。

入り口の横に取り付けられた鍵穴に、いつものようにカギを差し込んだ。

回そうとするが、カギが回らない。

一度カギを抜いて、裏返しにして差し込む。

ぐっと力を入れるが、それでもカギは回らない。

抜いて、刺して、回す。

抜いて、刺して、回す。

何度試しても、カギが回らない。

しばらく入り口前で奮闘していたが、どうやってもオートロックの扉を開けることが出来なかった。

よく考えると、男が10数分も入り口でカギを抜き差しする姿は怪しすぎる。

たまたまマンションに帰ってきた人がいたら、「危なそうな奴がいる。」と身を隠すだろう。

もしかしたら、この瞬間にも見ている人がいるかもしれない。

周りをキョロキョロと見渡すが、人の気配は無かった。


それにしても、困った。

どうやって家に帰ったらいいのだろうか。

時計は夜の8時を表示している。

この時間では、不動産屋は開いていない。

そういえば、マンションの裏側に、非常用の階段があったはず。

そこから入れないだろうか。

マンションの裏に回ると、そこには階段へと続くであろう扉が待ち構えていた。

鍵穴にカギを刺すが、妙な引っ掛かりがありカギが回らない。

何度も鍵穴にカギを抜き差ししながら、ガチャガチャやっていると指も痛くなってくる。

イライラしながら力任せにカギを抜くと、手からカギが離れた。

ガチャン、ガチャン…。

カギはワンバウンドして、排水路を覆う蓋の穴の中へと落ちた。

カギ落ちた穴を上からのぞき込んでみるが、排水路の中は真っ暗で何も見えない。

手を穴に突っ込んでみても、明らかに入らない。

蓋を掴むことさえ出来ず、持ち上げるのも難しい。

どうすればいいんだ?

呆然として、その場所からマンションを見上げた。

階段は外側から侵入できないように、1・2階の間は鉄格子で囲まれている。

しかし、2階より上は鉄格子が無い。

あそこまで登ることが出来たら、中に入れる気がする。

頑張って登ってみるか?

いや、駄目だ。

そんな姿を誰かに見られたら、警察のお世話になる可能性がある。

他に良い方法がないものか。

頭を掻きむしりながら、マンションの入り口に戻った。

マンションの住人が帰ってくるのを待って、一緒に中に入れて貰うか?

見知らぬ男が「すいません、鍵を忘れたので中に入れて貰えますか?」と言って信用してもらえるだろうか?

新興宗教の勧誘にきた、怪しい人かもしれない。

借金の取り立てに来た、その筋の人かもしれない。

女性の後をつけてきた、ストーカーかもしれない。

面倒なことに巻き込まれないように、断られる可能性もある。

ならば、誰かが帰ってきた瞬間に、何も言わずに背後から勝手について入るのはどうだろう。

あるいは、誰かがマンションの外へ出る瞬間にあわせて入るのはどうだろう。

これは、自分にも経験がある。

たまたま入り口を開けた時に、後ろから来た人を入れたこともある。

外出する人が扉を開けた際に、入ったこともある。

この方がはるかに自然だ。

作戦が決まれば、あとは待つのみ。

それでも、ただ待つだけではいけない。

待ち構えていたと思われてはいけない。

オートロックの扉が空く瞬間に、たまたま帰ってきた。

そう思わせる、自然な演技が必要だ。

マンションの入り口前から離れ、駐車場の入り口で様子を伺うことにした。

誰か来ないか?

早く誰か来てくれ。

スマホでネットニュースを見ながら、その時を待った。


 *  *  *


十数分が過ぎたころ、ガチャンという扉を開く音が聞こえた。

音に気付いた時には、すでに遅かった。

住人は扉を出て、すぐに出て行ってしまった。

無情にも閉まるガラス張りの扉。

開く瞬間を見ることもできなかった。

この作戦ではだめだ。

もっと近づいて、扉が開く瞬間にそこにいないと駄目だ。

入り口のまでの距離を詰めて、次のターゲットを待った。


 *  *  *


30分が過ぎたころ、一人のスーツ姿の女性が帰ってきた。

チラッとみた瞬間、女性と目が合った。

しまった。

このまま、彼女の後をつけて入ると不審者と思われる可能性が高い。

女性は私の方に徐々に近づいてくるが、目線を合わせようとはしない。

まるで私の姿が見えないかのように、私の前を通り過ぎオートロックの扉をあけて中に入っていった。

………。

本当にこれで良かったのか?

チャンスを逃したんじゃないのか?

例え不審者に思われても、中に入るべきではなかったのか?

多くの人間はチャンスが目の前に転がっていても、それがチャンスとは気づかないと聞く。

あれは、やはりチャンスだったのかもしれない。

扉の前で待ちながら、今帰ってきた風を装うのは無理がある。

マンションの入り口から少し離れて、駐車場の中を往復して歩こう。

帰る人にうまくタイミングが合わせて入り口に近づき、自然に中に入るんだ。

マンション駐車場の周辺に目配りしながら、駐車場をただ歩いた。

最初は駐車場の端から端を、直線的に歩いていたが、だんだん飽きてきた。

円を描くように、エス字を描くよう、自分の名前を描くように歩き続けた。

ミツバチの8の字ダンスのまねもしつつ、様々なバリエーションを試し、歩き方の表現力を磨いていった。


 *  *  *


30分ほど歩き続けたが、だれも現れる気配がない。

監視カメラがずっと駐車場を歩き続ける男を、要注意人物として住人に報告したのだろうか。

体力の消耗と共に、歩き続ける気力も尽きてきた。

ちょっとキツイ。

何か他の手を考えよう。

自然に、怪しまれず、疲れずに、マンションに入る方法はないのか?

そうだ、電話するふりはどうだ。

スマホを耳にあてて入り口周辺で待機する。

誰かが近づいてきて、扉を開けた瞬間に電話で話しながら入る。

そうすることで、電話を使っているので入りたいけど入れなかったんだな、と思わせることが出来る。

さっそく、スマホを耳にあてて待機した。

数分後、短パン姿の若い男性が入り口に向かって歩いてきた。

いける、これならいける。

さっそく、声に出して電話をしているふりをする。

「あぁ、そうなんだよ。ちょっと今立て込んでてさ」

電話で話をしている俺の傍を、若い男性が通り抜け、オートロックの扉を開いた。

いまだ!!

すかさず若い男性の後ろに続き、開いたオートロックの扉に飛び込んだ。

「そうなんだよ?今?家に帰っている途中だよ」

電話を話すふりはやめない。

若い男性は怪訝そうな顔でこちらを振り返ったが、何も言ってはこない。

中に入ればこっちのものだ。

しばらくここで電話をしているふりをしよう。

若い男性はこちらを少し気にするそぶりを見せたが、奥のエレベーターに乗って上がっていった。

エレベーターの扉が閉まった瞬間、私はスマホを耳から話した。

よしっ!!やった、成功だ!!

マンションに到着してから1時間。

ようやく家に帰れる。


  *  *  *


エレベーターは8階に到着した。

疲れた、本当に疲れた。

帰ってベッドに倒れたい。

うまくマンションに侵入できたことに、私は少し興奮していた。

作戦をたてて、うまくいくと気持ちがいい。

しかし、マンションの自分の部屋の前に立った時、私は初めて気づいた。


カギが無い。


目の前にある扉のノブを回すが、やはり開くことはない。

この気持ちは何だ。

怒り、悲しみ、憎しみ、絶望…。

これは、言葉では言い表せない感情。

これは、経験した人間にしか味わえない感情。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう、俺は世界一大きなダイヤモンドを盗むために、セキュリティの厳しい有名宝石店に侵入した。

宝石を守る様々なセキュリティーも、俺にかかれば子供のお遊びみたいなものだ。

だが、お目当てのダイヤモンドを目の前にして、最後のセキュリティだけは解除できない。

ゴールは目の前にして、俺は諦めるしかないのか?

いや、わかってる。もう諦める道しか選べないってことは…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

例えるならそんな気持ちだ。

そして、誰にも知られることなく、私のマンション侵入計画は終わった。  

Posted by とおや at 14:13Comments(3)